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[移住者インタビュー]川棚時間

辿り着いた場所で見つけた、わたしだけの“宝石” 川棚町

川棚町
セラピスト
藤本 いくよさん
profile
岩手県出身
脳に障がいを持つ娘さんの医療環境をより良くするため、故郷の岩手県から佐賀県へ移住。その後、導かれるように長崎県東彼杵郡川棚町へ辿り着いた、いくよさん一家。自治会長からの依頼でオンシーズンの海の家の経営を約一ヶ月半ほど引き受け、川棚町のまちや自然を愛する人々、いくよさん家族を応援してくれる人々と出会いました。そんな人との繋がりや自然の営みは、ここにしかないきらめきを放っていました。

川棚町との偶然の出会い

川棚町との偶然の出会い
いくよさんが最初に川棚町を訪れたのは「四次元パーラーあんでるせん」がきっかけでした。セラピストの仕事をしているいくよさん周りの情報で以前から気になっていたお店で、当時住んでいた佐賀県からほど近いことを知り、さっそく予約を入れました。

大村湾沿岸を走り、車窓から見える美しい自然やオシャレなお店にワクワクしたそう。東北出身のいくよさん個人としては、蕎麦屋さんが多いことも魅力に感じたそうです。

“純粋においしい味噌ラーメン”に出会えたことも、心に電流がビビッと流れたきっかけの1つ。“展望台”の名前を冠したそのラーメン店からは、大村湾に寄り添う大崎半島の美しい景色が一望できました。

「感覚として良いな、合うなって思って。気がついたら、あんでるせん関係なく川棚町に足繁く通うようになったんです」
佐賀県から川棚町へのドライブが休日の過ごし方として定着し始めた頃。一家はとある事情から引越を余儀なくされました。

「(脳に障がいを持つ)娘の通院のことを考えると、引っ越し先は大村市一択だったんです。だけど、その時期は異動シーズンで空き家がなくて。エリアを川棚まで広げた結果、今の家と出会いました。偶然のタイミングで、縁を感じましたね」

大村湾が一望できるロケーションの家。通院の遠さや、関連施設の不備など課題は多かったと思いますが、その決め手は?

「長い目で見て、心地良く暮らせる方を大切にしたいと思ったんです」

大村湾に抱かれた、大崎半島の穏やかな生活

大村湾に抱かれた、大崎半島の穏やかな生活
内陸出身のため海は“特別な景色”だったいくよさんは、ふとしたことがきっかけで大崎半島と出会いました。「好きで来てた場所に住めるなんてあり得るんだ」と興奮冷めやらぬなか、縁と心地良さに引き寄せられるようにして辿り着いた第三の住まい。

毎日のように大村湾を見渡せる立地環境は、周囲に家がないため生活音を気にせずゆったりと過ごせるメリットもありました。「ちょっと引越疲れもあったので、ゆっくり過ごしたいなと」。

「虫が大きい」や、「冬は想像以上に寒い」など、東北の岩手県から九州へ移住して感じたギャップもあったそうですが、夫婦共に期待以上の住み心地の良さを感じているそうです。

「魅力としては、景色一択ですね。もう随分(周辺を)歩いてる。海ってこんなに日々の雰囲気や表情が変わるんだなって。夕日も毎日違うところに落ちるんだって。そんな景色を毎日見られるだけで幸せを感じますよ」。

大家さんから獲れたての魚をお裾分けしてもらったり、時期によってはカニの大群に出くわしたりと、海と共にある人と自然の営みが一家の日常の風景になりました。

豊かな自然は、人の行動も変えてくれました。「ウォーキングも三日坊主だったのに、自分から進んで行くようになったんです」。

すれ違う人と気さくに挨拶を交わし、娘さんが優しく声を掛けられる場面も。いくよさんファミリーの笑顔もまた、大崎半島の風景の1つとなりました。

海の家で恩返し、さらなる目標も

引越後すぐのタイミングで、自治会長から「オンシーズンの海の家の経営をお願いできないか」と相談されたいくよさん。

まだ移住に慣れていないのと、娘さんの体調のこともあり、悩み考えた結果「困っている人の助けになれば」と引き受けることに。

体に負担が掛からないよう、エアコンなど設備を設えてもらい運営をスタート。お店をやると聞いて地元の人々も手助けしてくれるようになり、人脈も増えました。

「海の家をやっていて良かったと思えるほど、素敵な出会いがありました」

途中、娘さんが体調を崩して入院した時は、上の子が手伝ってくれたり、福岡や佐賀からも友人たちが駆けつけてくれたりと、これまで経験したことのなかった人のあたたかさにふれることができたそうです。
「とても貴重な一ヶ月半でした。この経験をもとに、いつか家族でゆったりと海を眺めながら過ごせるようなお店ができたら…なんてイメージも湧いてきます」
家族が穏やかに過ごせる幸せ。大切な一人娘・命子さんの笑顔がそれを物語っているかのようでした。

「お店や人、情報が溢れすぎていると、その分たくさん見えなくなってしまう世界があるかなって思うんです。川棚町は、ものが少ないからこそ、一人ひとりが宝物のような時間や人、場所を見つけることができるのかもしれません」といくよさん夫妻は話します。その表情は、日々を愛おしく丁寧に生きる真っ直ぐさに満ちていました。